メルセデス

メルセデス

エンジンサプライヤー

泣く子も黙るドイツのトップブランド、メルセデス・ベンツ。現在はダイムラー・クライスラーグループの一部門である。

現在のエンジンサプライヤーとしてのF1参戦は1993年に始まる。スポーツカー選手権で長く協力関係にあったザウバーが活動の場をいよいよF1に移すにあたって、当然のパートナーとして参入した。とはいえその実態は1991年よりF1での活動を開始していたイルモア・エンジニアリングへの資金協力というもので、以来2004年現在まで、資本の増資に伴うイルモアへの発言力の強化や人材供与などはあっても基本的な体制は変らない。

メルセデスグループはザウバーのF1でのパフォーマンス不足にあっさりと見切りをつけ、1995年より供給先をマクラーレンに変更。当時チーム発足以来の不振を極めていたマクラーレンと粘り強く開発を続け、年を追うごとに成績を向上させた。1997年にはクルサードが二勝、ハッキネンも初勝利を挙げ、またこの年のシーズンオフのテストでライバルを圧倒する。1998年からはハッキネンの時代が到来、前年からのマクラーレンのカラーリング変更に因んで「シルバーアロー」の伝説が復活した。この活躍で、「シューマッハー+フェラーリ」のチャンピオン獲得を当初の予定より二年も遅らせた。

しかし2000年、最先端のベリリウム合金を使用したエンジンブロックがフェラーリの横槍により「人体に極めて有害な物質である」として禁止され、以来メルセデスエンジンは最強エンジンの座から遠のく一方である。イルモアメルセデスの関係が悪化しているという話もあり、今後の動向が注目される。

なお、現在はマクラーレン・グループにも資本を投入している。

コンストラクター

戦前のグランプリ時代から数々の栄光に彩られた名門。戦後のF1においては、1954年に初参戦してファン・マヌエル・ファンジオとともにチャンピオンを獲得。翌55年も同じくファンジオがチャンピオンの座に輝いた。

しかし、同年ル・マン二十四時間レースで多数の観客を巻き込む大惨事が起り、その責を負ってメルセデス・ベンツはワークスとしてのレース活動の一切を封印した。その後メルセデスの名がサーキットに復活するまで三十三年、グランプリに戻ってくるまでは実に三十八年も待たなくてはならなかった。

* はてなダイアリーキーワード:メルセデス